パパ活つづけるには、素晴らしい人と出会うことが大切

パパ活のことを友達から聞いて、びっくりしました。

神奈川県のお嬢様学校に通う大学二年生の女子です。一年生の時は、自宅から通っていましたが、通学に2時間かかるので、一人暮らしを始めました。

親の反対を押し切ってのアパ-ト生活を開始したので、いつもお金がなくてそれなりに苦しい生活を送っていました。

大学では、美術を専攻しているので、結構お金がかかるので、バイトは欠かせなくて、授業かバイトをするという生活をしていました。

友達に同じような境遇の子がいました。お嬢さん学校なので、あまり貧相な学生生活も送れず、いいバイトがあったら情報交換するようなことをして仲良しになった経緯があります。

その友達、裕子があるときから、雰囲気が変わりました。来ている服装が、ブランドものに変わりました。

持っているカバンが生協で売っているものから、海外モノに変わりました。そしてなんと、アクセサリ-を身にまとうようになったのです。

最初親しい男子が出来たからかと考えていたのですが、それは違いました。

それならば、雰囲気は変わりますが、持ち物が高級品になるとは考えにくいです。そうなんです、田舎出身の私の親しい友達、裕子はパパ活を始めていたのでした。

パパ活のことを詳しく彼女から聞いて、簡単に始められました。

パパ活は、 正確に言うと、水商売の女性が富裕層のお客様と同伴すること、具体的には食事やお茶を共にする代わりに、相応の金銭をもらうことを意味しています。

わたしがパパを探すのに使ったですが、サイトに紹介されているものを利用しました。

パパ活アプリをわかりやすく紹介されているので、オススメです。

そういう意味で、私の友達の裕子は、お医者様をパパということにして、地元神奈川県の総合病院の院長さんとパパ活をしているのでした。週に一回。

あるいは2週に一回食事をして、そのあとデ-トをするのが定番の形になっているのでした。

最初交際クラブ日本最大手のユニバース倶楽部に登録していましたが、パパさんと個別に契約する形で今は進んでいるとのことでした。

私も、同じ形をたどっていこうとしてみましたが、結局アプリでも登録しておいたので、そちらの方で知り合いになった個人営業の男性とやり取りするようになりました。

不動産をたくさん所有していて、そのうえモ-タ-プ-ルもいくつか運営していて、割と忙しい男性でした。娘さんが。

小学校の時に難病にかかり、12歳で亡くされている方で、今は奥様と淡々と二人で暮らしているという人でした。

私のパパ活は、芸術家とパトロンのような感じかな・・ということ

私のパパ活は、3週に2回食事にお付き合いすることが基本の形になっています。

その時は神奈川のアパ-トから、おしゃれな格好で女子大学に出かけて、そのまま東京に出かけるようにしています。

シティホテルのそれなりの、レストランでコ-ス料理を食べるのが楽しみになっています。

私が過度のグルメではないので、食事が超豪華である必要はなく、‎パパさんに必要以上の負担はかけないようになっています。

食事の時の話題は、私の大学での話が最初に有って、友達の話とか、専攻している洋画の話が中心になっています。

パパさん自身も、昔を絵を描いていたことがあり、今でも美術館には出かけている人なので、話題には全く事欠かない状況です。

そして、大学の中での人間関係については、私がパパさんにいろいろと相談することが非常に多くあります。

さすがに、46歳という人生経験からアドバイスは、参考になることが多くあり、時々校長先生と一緒にいるような気がすることがあります。

私のパパ活は、経済的に、メンタル的に すごく充実しています。

 最初の頃は、どういう風に進むべきか、私もパパさんもわからず、手探りでしばらく進んでいました。

最初は食事をして、そのあと買い物をしに行って「あなたの欲しいものを探しに行こう」ということで、高級品を買ってもらっていました。

ただ私はあまり物欲がなく、派手好きでもないので、欲しいものはすぐに揃ってしまいました。

そして、貧乏学生だったので、物を買ってもらうよりは、食事しながら、パパさんの話を聞く方が楽しかったし、その代わりにお小遣いをもらうようにしています。

尽きに5万円程度の現金を受け取っています。この形になって、1年余り、今のところ、うまく流れています。パパ活は体の関係がありません。

その形で、ずっと続けるのはよほど、パパさんと相性が良くないと、厳しいです。私の場合、素晴らしい人と出会えた気がしています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です